8. 夫は外に何人もの女を作っていて、性生活に不自由はしていなかったにも 関わらず、必ず週に1~2回私とも行為をしていた。 愛があるから求められているのだ……そんな御伽噺みたいな嘘くさい話を 信じられるほど初心《うぶ》じゃない。 誰が信じられるというのだろう。 普通の夫婦であるならば、愛がふたりの間に横たわっているであろう その時間、ドラマ、映画、小説のように私は女優になった。 それは例えば……。 さて今夜はどんな女優でどんな女性を演じようか。 想像の翼を思い切り広げ、私は恋しい男性《ひと》に抱かれ、愛され、 その温もりに触れるのだ。 そうすることで、悲しい時間を精一杯自分にとっての素敵な時間に 変え、やり過ごしていった。 ふたりの行為が終わったあと、疑似体験終了! 今から現実の世界に戻りまぁ~すと、胸の内でくぎりをつけ 眠りの世界へ入っていく。 そんなふうにして、ある日を堺に現実の夫に心の中で別れを告げた。 その日から不自然にならぬよう、細心の注意を払いつつ 甘える振りはしつつも、本当に夫に対して甘えることは止《や》めた。 前々から、-いつか-と考えていた通り折をみて45才になった私は、 婦人病や身体の不調を理由に徐々に夫との夫婦生活をなくしていった。 女性に不自由してない夫は不満を言うでなく あっさりと受け入れた。 レスが原因で浮気を始めるというような危険性もない我が夫は (だって、ずっと入れ喰い状態で今更だ)日常の夫婦関係も これまで通り優しく、小さなことに一々文句を言うでなし 私にはやりやすく、暮らし易い結婚生活が続いた。 夫は仕事もなかなか順調で、女性たちとも楽しく過ごしていたし 浮気のことに関して私が文句を言ったりしないので、(最初は止めて欲しいと何度もお願いしたけれど、夫の醒めた返事に あぁ、もう何を言っても無駄なのだと気付き、私は言わないのではなく、 言えなくなってしまったため)不満のない日々を謳歌していた。 そして、夫婦円満で丸く収まってる、そう思って過ごしていた ことと思う。
9. (過去の話) 今からかれこれ5年ほど前のこと。 長男が大学2年で20才、次男が高3で受験生18才になった頃。 夫は52才になっていたけれど、やっぱり外に2人の女がいて ひとりは何と28才の独身女性、もうひとりはこちらも何と長男が 小学生の頃仲良くしていた子の母親42才、と浮気していた。 夫は実にスマートに浮気をするようで過去において 女性問題で揉めて私や子供たちを巻き込んだ騒動を起こした ことはなかったのだけれど、このときだけは違っていた。 親子ほど年の違う独身の女性にどんな甘い言葉を囁き 口説き落としたのだろう。 それとも若い頃と同じように口説かずとも相手から アプローチされて付き合っていたのか。 ともかく馴れ初めは分からないが、28才の彼女が夫に本気で言い寄って きて、それを察知した夫が脱兎の如く逃げ出したのである。 そのせいで女性は心を病んでしまい、奥さん(私だよ)はともかく どうして大きな子を持つ子持ちの女と自分に二股かけていたのかと、 夫を追い掛け回し恨み言を言うようになっていった。 『どうして私よりその女がいいの?』と、我が家の前まで来て 叫ぶようになってしまった。 穏便に済ませたい夫は逃げてばかりもいられず、女が来て喚き出す度、 女を宥めるために連れてどこかへ出掛けて行った。 その女性が3度我が家を訪れた後、今度は女性とその両親が 我が家にやって来た。 どう見ても我が夫と同世代にしか見えない両親。 母親のほうは己がことのように悔し気でその目には怒りの炎と 共にうっすらと涙さえ滲んでいるのが見てとれた。 ノータイで白いシャツというスーツ姿、髪型は所謂サラリーマン からはかけ離れている長髪で長身、かなりガタイがよく、目力が これまたすごい。 そんなマル暴刑事かはたまた893かといわんばかりの強面の父親も 大層怒っていて……。 親子ほども年の離れた嫁入り前の娘を誑かしたのだから、 責任を取って結婚して貰おうじゃないかと言って来た。 それを聞いて正直『えっ? お宅のお嬢様にこんなおじさんで よろしいのでしょうか?』と突っ込みたくなってしまった。 交際相手だった父親と対面している夫から少し後方で離れて 立っていた私に…… 女性の父親が『あんたが奥さんかね
10. (引き続き5年前の過去の話) 幸いなのはすでに息子たちが成人、もしくは成人間近の 年齢になっていたってことかな。 息子たちは自室に居たはずだけど、もしかしたらドアを 開けて耳をダンボにして聞き耳ぐらいは立てていたかもしれない。 この話し合いの中で女性が盛んにもうひとりの浮気相手の ことを話題に出していたので、当時長男はガックリきていた ことだろう。 小学生の頃の同級生といえども、友達の母親が不倫相手とは なんともはや。 夫は子供たちが小さな頃からずーっと女遊びを続けていたので 過去にももしかしたら息子たちはどこからか、そういう父親の 所業(振る舞い)を聞いたこともあったかもしれない。 けれど噂に聞くのと、現実に浮気相手が家に乗り込んで来て 修羅場を目の前で見るのとでは、衝撃の度合いが違っただろう。 さて、肝心の私はどうだったろう? ……と昔の記憶を引っ張り出してみる。 ともかく、ひすまずは家政婦になってやった。 当時私はこんなふうに考えていたと思う……。 夫は、いや……目の前にいる息子たちの父親はこの状況を どうやって納めるのだろうか。こんな時でも結構落ち着き 払って(ただの振りかもしれないが)二枚目だね。はぁ~。 見た目が余りにも良過ぎることは私も認めざるを得ない。 だけどさ、夫よ、私のpureな気持ちはあなたに絶対 あげないから。 あなたに捧げる愛なんて1mmも……1gも持たないから。 敢えて浮気の件は息子たちには言わないでおいたのに……。 息子たちからは妻を愛し、息子たちを慈しみ、家庭を大切にして いる尊敬すべき父親でいられるようにしてあげていたのに 何やってるのよ、全くぅ。 息子たちもあらかた成人して自分もすでにアラ還域に 入ってるっていう時になって、今までのことを全て 台無しにするようなことをして、腹立たしいったらないわ ほーんと。 周りを巻き込んで家族を不幸にするなんて ほんとっ、許しがたい。 私の怒りの矛先はまっすぐ強く、夫に向けられた。 浮気相手の独身女と既婚女に対しては
11. (更に引き続き5年前の過去の話) その後、事態は実に泥沼化して長男の同級生の父親の 知るところとなり、夫は浮気相手女の旦那から慰謝料請求 されることとなった。 その同級生の母親は旦那さんから離婚され、ほとんど 身ひとつで家から追い出されたらしい。『ご愁傷様ぁ~』 親権は取れずというか、うちの息子20才の同級生なの だから同じく20才なわけで、父親の気持ちに添う形で 母親とは絶縁したらしい。 当時、我が息子たちの父親は絶賛モテモテ中で、長男同級生 母親42才浮気相手からも、独身28才浮気相手からも、正妻 (わたしのことだよぉ~)と別れて自分たちと結婚してと、毎日のようにプロポーズ されていたのだ。呆れるわぁ。 「「「お幸せにぃ~」」」 気がついたらかなり本気モードでそんな言葉を呟いていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 今、思い出しても笑える。 当時は結構わたしの気持ちも上がったり下がったりして ジェットコースターに乗ったような気分だった。 悲しみとか苦しみとか……『はっ、なんだそれっ』 て感じかな。なんかそういうの超越してたと思う。 あれだけ家族を巻き込み、周囲に迷惑をかけ 自分も慰謝料を取られ、相手方から詰られたというのに 全く懲りない男(おっと)。 結局あれからも今回の宣言まで他所の女との付き合いは 止めなかった。 早く、どんだけ自分が人としてクズなのか 気付いてほしいものだ。 ちなみに騒動の時、浮気相手(28才独身女性)とその親が 帰ったあと、自分たちの部屋から出て来た息子たちは私と目が合う と揃って両手を半分挙げてお手上げのポーズで 「かあさん、いつから家政婦になったん? 笑ってまったやろぉ~ 笑わせんといてぇ~っ」と 楽しげに話しかけて来た。 『あんなアフォ~なヤツの妻やなんて恥ずかし過ぎるヤン。 家政婦がいい落しどころやと思ったんやもん』 何かこんなふうな会話していたのを思い出す。 それぞれが心中穏やかではなかったと思うけれど 誰ひとり、深刻ぶったりはしなかった。 もうその頃、私たち3人にとって夫は そんな存在だったのだと思う。
12.長男(5年前の賢也目線で!) 小学生の頃から年に1~2度の頻度で親父がその都度違うきれいな女と一緒にいる所に遭遇したことがある。 別に俺に見られても親父は悪びれることなく、俺に普通に話しかけそのまま女と歩いて行ったものだ。 近所の同級生の母親たちからはよく、賢也くんちのお父さんモデルみたいだねとか、すごくかっこいいねとかお父さんお家ではどんなふうなの? とか、とかとか、とにかく俺の父親は、おばさんたちから絶賛注目の的だった。 だから、父親が異性からモテる類の人種なんだってことは結構早くから認識していたと思う。 そのうち、どこからともなくいろいろな噂が耳に入るようになり、親父はただモテるだけじゃなく、いろんな女とヤッてるんだということも分かるようになっていった。 2才違いの弟からもちらっと親父に関することを聞かれたというか話題に上ったことがあるので、弟もたぶん感づいていると俺は踏んでいる。 ただ面白い話題ではないので、互いにちゃんと話し合ったことはないまま来た。 今回の浮気相手の凸で、もう見てみぬ振りはできない所まで来たと思った。『いい加減にしろよっ』 親父の女関係で母親から愚痴や泣き言は一切これまで聞いたことがなく、まして俺の方から聞けるようなことでもないので実際母親の心情というものを今ひとつ分からずにきていた。 だが先程の母の言葉で全てが分かってしまったのだ。 あんなアフォ~なヤツの妻なんて恥ずかし過ぎる……って言ったんだぜ。 そう言った母のあの台詞が全てを表していると俺は思っている。 母の中で父親は、あんなヤツ、扱いだからな。 『あんなヤツ』 この先俺たち家族がどんな道を辿るか分からないがいつだって俺も弟も母さんの味方だから。『この先もずっと母さんの味方だから』 俺はそっと呟いた。
13.長男(5年前の賢也目線で! 2) 子供時代は分からなかった男女のことも思春期に入り 異性を気にするようになった頃から、親父のとっている 行動が如何に異常でパートナーに対する侮辱すべきこと であるか、俺は知った。 不倫相手の親に家政婦だと言い切った母。 親父(おっさん)、捨てられるのも時間の問題やぞ! さっき、かあさん相手におどけたふうで話したあと 各々の部屋に戻る時、弟が言った。 「あんなクソッ、死ねばいいのに!」 おまぃ~、まだ学生だろ、ヤツが今死んで一番困るのは おまぃだぞぉ~。 だが気持ちは痛いほど分かる。 よく言った。I think so そー!!! だがもうしばらくATMで働いてもらわんとな。 直に弟に反応はしなかったが、心の中で賛同していた。 今の親父は俺たち3人にとって、ATM以上でも以下でもない。 親父ィ~、分かってンのかねぇ~。 はぁ~。 ◇ ◇ ◇ ◇・・・・(5年後) それから5年後、親父は不倫止めます宣言をした。 親父はもう57才で60才目前のことだった。 この時、もう俺も弟も成人していた。 こんな親父のことだから俺たちが自立したあと、もしかしたら 母親は今流行の熟年離婚とやらに踏み切るかもと思って いたが、周囲の状況に敏感なこの親父の言動で、はて…… 今後の母親の想いはどうなのだろう。 そんなことを思った。 このまま婚姻関係続けてをいくのか、はたまた……。
14. 今更に酷い男ずるい男と内心罵倒しつつも一方で 夫の宣言に馬鹿だなぁ~と思いながらも 絆《ほだ》されている自分もいた。 だめだよ。 今までのことは、なかったことにはできないのだから。 それに今回の宣言だって本当に守れるものかどうか 怪しい臭い200%プンプンものなんだから。 しかしねぇ、絆されてる気分をあっさりと 断ち切ってくれる事件簿がその後私の身に待ち受けていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ 前々から不定期で習っているパッチワーク。 その教室に半年前から来ている小野寺裕子という36才 独身女性と割と仲良しになった。 彼女は毎週ちゃんとレッスンに参加していて かなりチャーミングな女性で独身なのが不思議なくらい。 私は忙しくて不定期で参加させてもらっているけど もうパッチワーク暦は10年にもなるので、そこそこのモノは 作れる。 それで彼女からよく教えて欲しいと頼まれることがあり そこから自然に懇意になっていった。 そんな中で彼女からよく夫のこととか子供のことを興味津々に 聞かれることがあったけれど、独身故の興味なんだろうと 思っていた。 「ご主人って素敵な方ですか?」『う~ん、どうだろ……まぁフツメンかな。』「ご主人モテます?」『う~ん、どうだろ?』 イケメンと言って興味を持たれるのも疲れるので適当に 答えていた私。 イケメンだろうがモテようが、自慢する気もおこらないのよ。 あまりに突出していればね。 モテてもモテなくてもイケメンでもイケメンでなくても 私だけを見ててくれる夫であったならお惚気でモテるよ イケテルよって少しは自慢だってしたかもしれないけど。 我が家の場合、あまりの夫の行動の異常振りに 私の感性も壊れちゃってたかもしれない。 だけど、小野寺さんが私に近付いて来たのには 訳があったのだ。
15. キルトの展示、展覧会イベントがあった日、息子たちや夫も たまたま今回は見に来てくれていた。 前回も前々回も皆それぞれ予定があるとか言って 来なかったのにね。 全員揃って来てくれたのでびっくりしてしまった。 私の所に息子たちが寄って来ると、今回は出展してないけれど 同じ教室ということで見に来ていた小野寺さんが私の方へ 飛んで来た。 いつもオサレ《お洒落》に決めている彼女だが、今日も今日とて、前髪は センターで分け、サイドは後ろに流して止めてあり、大人感のある ヘアスタイルに真っ赤な口紅にシャドーは濃いこげ茶、くっきりと 描いた太めの眉、そこから鼻の付け根まで流しての濃淡を作りこんだ メイク、そしてスタンドのない襟もとのスッキリした柔らかい素材 のトップスと、全てに力が入っていた。 トップスの襟元と肩から腕にかけてシルバーの別素材のテープが 付いていて、ゴージャス感が半端ない。そんな彼女は『紹介してください~』感半端ないオーラを放ち私の横を陣取った。 あちゃぁ~、紹介しろってことだよね。 参るなぁ~と思いつつ あれだけ私の家庭のことに興味津々だったからスルーはできないか ……とこの状況を察し、もはや逃げられないことを私は悟った。
67(番外編) お互いの気持ちを確認し合ったことで葵は前にも増して軽やかに西島と接することができるようになった。 自分の気持ちに素直に……。 心の中で毎日『大好きです』の言葉を西島に送るようになった。 日によってそれは『大好きっ』だったり『大好きなんです』だったり、『何でこんなに好きになっちゃったんだろう』だったりその時々の気分で変わる。 ◇ ◇ ◇ ◇ 程よい距離感で付き合って3年の月日が流れた。 西島さんへの好きの気持ちはちっとも減らなかった。 一緒に暮らすことの怖さや不安よりもたくさん側にいたい気持ちの方が勝るようになっていった。 七夕の日に『西島さんの奥さんになりたい』と書いて、差し入れのおかずを入れた容器の上にカードを貼り付け、袋に入れて何も言わずに西島さんにいつものように手渡しした。 いつもだったら次の差し入れ時に、洗ってある前の容器を受け取って帰るのだけれど、今回は翌日の朝一番に西島さんが家まで届けてくれた。 「ご馳走様! おいしかった。」 いつもの笑顔で西島さんはそう言ってくれた。 早朝届けてくれた容器を紙袋から取り出すと、わたしが願い事を書いた短冊の裏側が同じように貼り付けられていた。 そこには西島さんからのメッセージが書かれてあった。―― もう僕は3年前から願っていました。 こちらこそ、僕の奥さんになってください。―― たった2行だけれど、そのメッセージが私に 最高の幸せを運んでくれた。 ずっと待っていてくれた西島さんも私の願いを読んだ時今の私と同じように幸せを感じてくれたろうか!「じゃあ、行って来ます」「わざわざ届けに来てもらってありがとう! 行ってらっしゃい」 私をもういちど振り返り、西島さんは職場に向かった。 ―――― Fin. ――――
66『大好きな男性《ひと》と結婚して奥さんになって、楽しくて幸せな家庭を作るのが私の夢だった。 きっと女性なら皆《みんな》そうだと思うけど。 本気で向き合ってもらえてるんだぁ~って、再確認できて本当にうれしく思います。 ただ、元夫との長い結婚生活でかなりの人間不信になってしまってちゃんとした夫婦で居続けるということが……信じ続けるっていうのかなぁ、上手く言えないけど……人間社会での生きていく上での約束事にもう縛られたくないっていうか。 裏切られることが怖いんだと思うの。西島さん、私はあなたのことが好きだしずっと側にいて仲良くしていきたいのでこれからも宜しくお願いいたします。 プロポーズ、お受けします。 私も遊びなんかじゃないです。でも、仲の良い友人、恋人、この関係のままがいいような気がするので……どうでしょ?だめですか?』 「やっぱりね、そんな気がしてた。でも気持ちの上でのプロポーズは受けてくれて、ほっとしたよ。 こちらこそ、ありがとう。今の関係でこのまま仲良くしていけたらよいね。 でもいつか、君の中で入籍をしたいと思う日が来たらその時はちゃんと僕に言ってほしい」 『ありがとう、そうします』 今日は西島さんから私たちの気持ちを確認するようにリードしてもらってうれしかった。 私への気持ちが本気だと言われて、やっぱり女性として感激してしまった。 心から甘えられる恋人がいるって最高。 こんなおばさんになって、素敵な出会いが2つも訪れるなんて自棄を起こさずに生きてきて良かった。
65 . 番外編 毎晩、葵は僕に『大好きだよ涙が出るほど』って言うんだ。 そして、やさしく撫でてくれる。 ミーミがいつも『私は? ねえ、私は?』って葵に言う。 そしたら葵は『いい子だね、可愛いね、ミーミおいで~』ってミーミを抱っこするんだ。 にゃぁー『どうして大好きって言ってくれないの?』ってミーミが泣く。 僕は葵にとって特別な存在らしい。 葵の手はやさしくて、暖かい。 僕も葵が好きだ。 『にゃぁー』ってミーミが泣くと、僕はミーミのことをたくさん舐めてやって『いい子だね、大好きだよ~』って言ってやる。 そしたら、ミーミは落ち着くんだ。 最近、西島っていう人がちょくちょく家に来るようになった。 仲良さそうにしているけど、葵が西島さんに『大好きだよ』って言うのは、まだ聞いたことがない。 もしかして、どこか余所の場所で言ったりしてないだろうか! ◇ ◇ ◇ ◇ 「質問と言うか、提案と言うべきか君と意思確認しておきたいと思うことがある」 西島さんはそう言ってきた。 たぶん、あのことだと思った。 真面目な彼のことだからきっと……。「君との付き合いは遊びじゃないから、それをちゃんと証明する意味で確認したいことがあるんだ。 君さえOKなら、入籍してもいいぐらいには本気だ、君とのこと」「ありがと、そう言ってもらってとってもうれしいぃ~。 それって、プロポーズだよね? 違ってたら恥ずかしいけれど』 「いや、違ってなんかなくてその通りなんだけど。あぁ、今更この年で恥ずかし過ぎて、直截的な言いまわしは使えない……と言うか、断られるような気がして。 お伺いのような聞き方しかできないでいるのが、正直なところかな。 君も僕と一緒で遊びでこういう付き合いのできる人だとは思えないけど……でも、結婚を望んでの関係じゃないような気もするしで、できれば君の思っている気持ちを知りたいっていうのが一番。どう? 僕の勘は当たらずとも遠からずではない?」
64 (最終話) 普通は離婚したことなんて誰も進んで言いたがるようなことじゃ ないよね? だけど、私は気が付くと畑に向かって走っていた。 実際は自転車に乗ってたんだけども。 気持ち的には、自分の足で走っていたのだ。 とまれ…… 畑に居るその人に一番に伝えたくて。 離婚が成立したことを西島さんに報告した。 西島さんにとって私が離婚したことなど取るに、足らないことだと 分かっていてもどんなことでもいいから何か彼からの言葉が 欲しかったのかもしれない。 私は風が草花を揺らし続ける静寂の中でその時《彼の反応と言葉》を待った。 そしたら、早速西島さんからデートに誘われた。 デートと言い切るには、私の勝手な妄想が随分と入って いるのだけれど。 「じゃあ、今まで遠慮してたのですが、今度雰囲気の良いお店に 飲みに行きましょう。 帰れなくなったら、私の家に泊めてあげますから」 「ありがとうございます。 ぜひ、お供させていただきます」 そう返事をしたあと、私は畑で西島さんの姿を時々視界に入れつつすぐ いつものように作業をし始めた。 自然が醸し出すきれいな空気と、愛でている野菜たちが 閉じ込めようとしても出て来てしまう照れくささをすぐに 取り去ってくれるから。 心から湧いてくる喜びに私は浸った。うれしいお誘いがあって ……好きな人から誘われて …… Happyな気持ちになって …… 私と西島さんは、もちろん将来を約束している恋人同士ではない。 そんな決まりごとの関係なんて、くそくらえだ! 刹那的と言うのは例えが重苦しいからアレだけど、その一瞬々を 思い切りお気に入りの人と楽しく過ごすって何て素敵。 家に帰ったら絶対彼氏のコウと愛娘のミーミが待っててくれて 必ず~おきゃえり~にゃぁさぁ~い~って出迎えてくれる。 I Wish 私が願ってやまなかった幸せがすぐ側にある。 Happy Life...... 素晴らしい人生がI Love People... 愛お し い人たちが I Love My Cats.. そして愛しい猫たち ――――― Forever ―――― ※番外編へと続く→ 65話66話67話
63. 興信所の調査に貴司は落胆を隠せなかった。 きっと、何も事情を知らない調査員がこんな姿を見たら さぞかし不思議がったことだろう。 結果がクロなら分かるが、シロで落ち込むなんて日本中探しても 確実に自分くらいなものだろうから。 ここで往生際の悪いことをしてもどんどん自分だけがドツボに 嵌っていくであろうことはすでにこの頃、貴司は自覚していた。 結局自分だけは不倫や浮気で離婚された悪友たちの二の舞は 踏むまいと先手を打ったものの、ただの足掻きでしかなかったのだ。 どんなにこれからも葵と一緒にいたいと願っても……2度と 葵がこの家に、自分の元に、戻って来ることはないのだ。 葵のいないこれからの生活など貴司には想像もつかない。 今更何をと言われようとも、まだまだ心の整理が必要だ。 ◇ ◇ ◇ ◇ 夫の貴司と会い離婚を突きつけてからほどなくして あっさりと離婚が成立した。 今後私が困らないようにと、財産分与に追加して今までの お詫び料だと言って更に上乗せした分を夫が渡してくれた。 お金に汚い人でなかったことが救いだ。 年金分割も同意してくれた。 円満に話が進んだので、今後は息子たちの親という立場で スムーズにお付き合いできるのかな? と考えている。 『まっ、こればっかりはしようがないものね~』 夫から役所へ離婚届を出したと連絡受けた後、私は大きく深呼吸した。 この日をずっと待っていた。 長かった。 苦しかった。 切なかった。 そして……ようやくすっきりした。 私は小山内(おさない)葵に戻った。
62.遡って仁科貴司が初めて葵の様子を見に畑を訪れた日のこと。 男の自分が見ても水も滴るいい男。 醸し出すオーラからして違っている葵の夫が少し離れた 所に居る。 葵の夫仁科が来た時、たまたま道具と水を取りに行ってた 自分は、2人からはかなりの距離があった。 ふたりの遣り取りの雰囲気から、その場にはいない存在に なるよう努めた。 視界の端でその男を見た瞬間、知らぬ間に昔の思い出の中に ワープしていた。 その場面は子供が幼かった日の運動会で西島の今は亡き妻もいた。 仁科貴司が息子たちを伴って妻である葵と歩く姿を目にすると 余所の奥さんたちは色めきだった。 その様子を見ながら西島の妻は、私はあなたが一番と言ってくれた。 そう言われてうれしかったことを思い出した。 だがあの時、自分は冷静に考えた。 しかし、そんなふうに言ってくれる妻だってどちらに対しても 初対面で、自分かあの男かを選べと言われたなら、きっとあの男を 選ぶだろうと。 それが当然と思えるほどに、仁科は魅力的できれいな男だ。 それでもだ、余所の女房連中がキャーキャー騒ぐ中、あなたが 良いと言ってくれた愛しい妻が偲ばれた。 葵さんも独特の雰囲気を持つ、キュートな女性だ。一切毒のない女性で、派手に着飾って美貌をアピールする でなし、夫の横にいても高慢に振舞うでもなく、しとやかで 清楚な雰囲気を纏い、素敵に見えた。 あの少し毒さえあるような男には、派手で彫りの深い顔に 厚化粧をしているような美人が似合いそうなせいか、皆 奥さん連中は血迷い、 もしかしたら、あのきれいな男の横にいたのは私だったかも しれないと、勘違いしていたのだろう。 そんな雰囲気が彼女たちの言葉や態度から見てとれた。 その様子におかしいやら、あきれるやらしていたのを ふと思い出した。 ◇ ◇ ◇ ◇ 昔の思い出に浸っていたらいつの間にか、葵と貴司の姿が 見えなくなっていた。 仁科貴司はやはり今夜、葵の暮らす家に泊まって いくのだろうかと思った。 昨日は葵からお好み焼きの差し入れがあった。 自分の好きな豚肉がたくさん入っていた。 たくさん持って来てくれていたので、今日はみそ汁を付けて 食べるとするか。 手作りのお
61. 2人の関係は、真っ白と報告が上がってきた。 報告書を受け取った貴司は、加藤なる調査員からトドメのひと言を 言われる始末。「あんな素敵な奥さん、私が欲しいぐらいです。 大切になさって下さい。」 普通の人間なら、ここは喜びほっとするところなのだが 元々目的の方向性の違う貴司はガクっときたのだった。 内心では自分もこんな風な結末だろうことは、分かっていたのに。 念のため、録音したという畑でのふたりの会話を聞いた。 葵の声が弾んでいて楽し気だった。 息子たちと話している時の妻の様子に近いモノがあった。 相手に気を許し心を開いている様子を伺い知ることができた。 長年妻が自分に対してどんなに心を閉ざしていたのか 思い知らされる結果になってしまった。 今更、と言われるかもしれないが、いつの間にかこんなにも 妻の気持ちが自分から離れてしまっていたのだと気付いた。 自分は今まで何人の女たちと関わってきたのだろう。 だが、ひとりとして妻ほどに、自分の心を開いた相手はいない。 だが、どうもその妻に対しても俺は言うほど心を開いては いなかったのかもしれない。 きっと妻の方では俺に対して心と心を通わせ合えるような関係を 構築したかったのかもしれないが、俺は自らそれを打ち壊し続けて きたのだろう。 先日の妻の半端ない決意を聞いてしまった以上、焦るものの 妻に家へ帰って来てほしい、また元の家族で暮らそうと もはや言い出せない貴司なのだった。 ******** 特に主になって調査を進めていた加藤は、畑での男女を知るにつけ 今時珍しい実直な2人のファンになっていた。 ある夕暮れ時に見たふたりの姿が今も瞼に焼き付いている。 女性の方が猫を2匹連れて来ていた日のこと。 ふたりが水筒に入ったお茶で休憩していたら、それぞれの膝の上で 猫たちが一匹ずつ寝てしまい、ふたりは猫をそれぞれ自分の子供に するようにやさしく撫でる。 むろん、ふたりは無言だ。 そこには2人と2匹のやさしいたゆとう時間が流れていた。 男と女。 猫と仔猫。 しばらくの間、4つの存在は切り取られたアルバムの中の写真の ように異次元に飛んでいった。 それは美しく清らかな一枚の絵となった。 この
60. 私が他所の女性と付き合うのを止めるようどんなに頼んでも 分かったと言うだけで馬耳東風、止めようとしなかった夫に 絶望し渇いていた私。 ちょうどその頃、2才を少し過ぎた次男の智也が 台所の椅子に座っている私の側に来て私の頬に キスをしてくれるようになった。 『チュッ』 長男はそんなことをしたことがなかったので最初、すごく 吃驚した。 『₹ャァ ウレピー』 チュッとキスをした後、必ず私に言ってくれた言葉がある。 「おかあさん、しゅきっ ♡」 とてもとても幸せなひとときだった。 それは次男が5才か6才になるまで、結構長い間続いた。 夫からは決して得られない幸せの時間。 私だけを映す次男の瞳がとても愛おしかった。 ** 葵がそんな昔の想い出に浸っていた頃 ** 葵の夫である仁科貴司からの依頼で興信所が動いていた。 ありもしない葵の浮気を暴こうと、男関係を調べていたのである。 敏腕調査員、加藤は確信する。 白、シロ……まっしろ。 仁科貴司の奥さんには一切おかしな行動はない。 加藤と一緒に動いていた若手のスタッフ沢田と玉木も 揃って妻の葵のことをベタ褒め。 『ホレテマウワ』 夫なり妻なりが何か思うところがあって調査依頼して来ると 大抵の場合は、その何かおかしいと思う予感は当たっていることの 方が多いものだ。 今回のように何もないことは本当に珍しい。沢田+玉木: 「「この依頼者の旦那さん、いい奥さんで裏山(うらやば)しいなぁ~♡」」加藤: 「ちゃんと、羨ましいと言えっ」 別居している妻が心配でしようがないようだ。 奥さんは、畑を間借りしていて持ち主である小児科医、西島と よくその畑で一緒になる。 自分たちはその畑の数箇所で2人の会話が拾えるように高性能の ICレコーダーを畑のあちこちに取り付けていた。 後《のち》に回収してその会話を聞いた。 2人の会話はどこにでも転がっているような内容で、時々聞いている 者をもほっこりさせるような楽しくてユーモア溢れる話が あ
59. 「賢也、智也、私ね……愛すべき貴方たちふたりの息子を 授かれたことは本当に私にとって最高のプレゼントだって 思ってる。 だから、夫婦としてお父さんとは上手くいかなかったけど 全てが駄目だったってわけでもなかったと思うの。 今が一番大事だからね、一生懸命前向きに生きるわ。 ここに来るには、ちょっと時間が掛かるけれどいつでも来て。 おいしいモノ作って待ってるから」「ぜひそうする。 ほんと、ここは自然に恵まれていていいところだね。 仕事のことがなかったら、俺もこんなところで暮らしたいよ」 と賢也が言った。 『オレも年とったら、畑してみたい。かあさんがここで 根付いてくれてたら、将来こちらに住む拠点も移しやすそっ。そういう意味でも、かあさん、頑張ってくれよんっ』 と今度は弟の智也が続いて言う。 「西島の父ちゃんがその頃になったら隠居生活に入ってる かもしれんし。譲ってもらえんとも限らんから、おまえ 貯金しっかりしとけっ。」『おっしゃぁ~、お金溜めるべぇ~』 久し振りに会った息子たちはコウやミーミと戯れたり畑へも 一緒に行って野菜を収穫したり、自然を満喫して日曜の午後 帰って行った。 帰ってゆくふたりの背中を見つめ、彼らの行く末が幸多かれと 願わずにはいられなかった。 いつもじゃなくって、瞬間々なんだけどね 幼い頃の息子たちとの日々を思いし懐かしむことがある。 そんな中でも私の荒(すさ)んだ気持ちを解きほぐしてくれた 出来事は私の一生の宝だ。